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    <title>工芸と和み</title>
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    <updated>2010-05-12T06:44:35Z</updated>
    
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    <title>木彫師　鈴木清貴さん</title>
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    <published>2009-12-11T08:12:42Z</published>
    <updated>2010-05-12T06:44:35Z</updated>

    <summary>木彫り工房・貴（たか） 鈴木清貴（すずききよたか）　 奥信濃飯山・千曲川のほとり...</summary>
    <author>
        <name>setunet</name>
        
    </author>
    
        <category term="インタビュー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.ko-gei.net/">
        <![CDATA[<h4>木彫り工房・貴（たか）<br />
鈴木清貴（すずききよたか）　</h4>

<img src="/interview/img/006/1.jpg"  alt="" class="ph_right">

<p>
奥信濃飯山・千曲川のほとりにある自宅の納戸を改造した小さな工房があります。<br>
今回は『木彫り工房・貴』代表の鈴木さんのインタビューです。</p>

<br clear="all" />
<table>

<tr>
<th class="tbl20">1954年</th>
<td>長野県飯山市生まれ</td>
</tr>
<tr>
<th>1973年</th>
<td>ノウビ工芸社入社（旧東部町、現東御市）</td>
</tr>
<tr>
<th>1975年</th>
<td>渡辺工芸入社（渡辺幸児さんに師事）</td>
</tr>
<tr>
<th>1977年</th>
<td>飯山にて独立</td>
</tr>
<tr>
<th>1978年</th>
<td>飯山仏壇の彫刻を始める</td>
</tr>
<tr>
<th>1993年</th>
<td>飯山仏壇店・山崎本店入社。</td>
</tr>
<tr>
<th>2003年</th>
<td>木彫り工房・貴（たか）開設。</td>
</tr>
<tr>
<th>2003年</th>
<td>ホームページ開設</td>
</tr>
<tr>
<th>2005年</th>
<td>信州木工会入会</td>
</tr>
</table>

<h4>木彫りをはじめることとなったきっかけは何でしょうか？</h4>

<img src="/interview/img/006/2.jpg"  alt="" class="ph_right">

<p>親が農業の傍らツル細工をしていたんですよ。野沢温泉の工芸品の鳩車（はとぐるま）などを作っていました。<br>
長野県東部町（現在の長野県東御市）で農民美術の工芸屋さんに鳩車のツル細工を卸していたのがきっかけで、高校卒業後、農民美術の工芸品を制作するノウビ工芸社に就職することになったんです。<br>
<br>
はじめは、木彫りなどの制作はさせてもらえず、彫刻刀を研いだり道具の手入れなどをしながら徐々に経験を積んでいきました。そこでは約2年間勤めることとなりました。その後は、ノウビ工芸社の時の先輩だった渡辺幸児さんの工房にお世話になるようになりました。<br>
<br>
いま思い返すと、渡辺さんにはいっぱい迷惑かけてしまったな、と思います（苦笑）。<br>
というのは、その当時から木彫りで食べていくというのは大変なんですよ。渡辺さんは木彫りの他にもいろいろ仕事をしながら家族を養っていたわけだけど、そこに僕もお世話になっていたわけですね。<br>
寝泊まりは別の場所だったんだけれど、ご飯や給料をもらったりしていたんですよ。でも、彫った作品がどんどん売れるわけではないので...。<br>
現在、同じ立場になってはじめて実感することですけどね。そんな中で渡辺さんに2年間師事しました。<br>
東御市では仲間も沢山できたし、今も行き来しているので、いいつながりだと思っています。</p>

<h4>それから飯山に帰ってきて独立したわけですね。</h4>

<img src="/interview/img/006/3.jpg"  alt="" class="ph_right">

<p>実家の家業の農業をしながら木彫りで作品を作ったり、野沢温泉とのつながりで工芸品を作ったりしてました。<br>
また、仏壇屋さんとのつながりができて、仏壇の彫り物も始めました。<br>
東御市での農民美術の木彫りと、飯山での仏壇の木彫りでは、全然彫り方が違うんですよ。農民美術は板彫りなどが多いんですが、仏壇は透かし彫りが多くて、勉強しながらほぼ独学で覚えました。そんな感じで仏壇彫刻を中心に15年ほど彫り続けました。<br>
それで、37歳くらいのころかな...、仕事が厳しくなってきたということもあって、一回木彫りをやめようかと思ったこともあったんですよ。全然別の仕事をやり始めようかなと思い始めたころに、飯山仏壇店の山崎本店から誘いがあったんですね。</p>

<h4>飯山仏壇といえば、伝統工芸品として有名ですが、実際の作業はどうでしたか？</h4>

<p>山崎本店に入社してからは、仏壇をトータルで制作する方法を身に付けました。<br>
組み立てから、彫刻部分を彫ったり、クライアントの要望で彩色したり、総合的に仏壇制作に関わっていました。<br>
ここでは10年間働きました。これも製品サンプルを見ながらのほぼ独学ですが、飯山仏壇の現場の仕事を肌で感じる事ができたし、仏壇作りの行程に一から携わることができたので、貴重な経験だったと思っています。</p>

<h4>そしていよいよ木彫り工房・貴を立ち上げるわけですね。今後の展開などお聞かせ下さい。</h4>



<p>山崎本店を退職した後、再び独立しました。<br>
『木彫り工房・貴』を開設して、変わらず仏壇の彫刻をしたり、木彫り教室を行ったりしています。<br>
工房を開設した当時、ホームページも立ち上げたのですが、最近は問い合わせが増えてきて、特にオーダーメイドや修復の依頼が実際の仕事として実を結ぶというケースがかなり増えました。<br>
「木彫り」ってかなりニッチですよね（笑）。でも探している方はかなりいらっしゃるみたいです。こういった問い合わせの中で、それぞれのお客さんのニーズを察知して提案していくスタイルでやっています。</p>

<h4>ただ彫るのではなく、かなりクリエイティブな仕事内容ですね。</h4>

<p>はい。側面からの写真1枚をもとに図案を起こして木像を作った事もあるし、ただ彫るという作業ではないですね。<br>
オーダーメイドの場合、はじめの提案段階では色々苦労する事もありますが、今後もつながっていく仕事が多いので、やりがいもありますし、とにかく迅速・丁寧に対応しています。<br>
今後はネット上からのつながりも大事にしていきたいですね。</p>

<h4>和める瞬間はありますか？</h4>

<p>仕事の面で言うと、作った作品がイメージ通りに仕上がった時なんかは良いですよね。その作品を見ながら和めますよね。
最近の仕事では、ひょうたんスタンドは自分の中のイメージに近くなってきていています。試行錯誤はかなり繰り返しているのですが、ようやく形になってきたかなと思っています。</p>

<h4>最後に、作品を紹介して頂けますか？</h4>

<img src="/interview/img/006/4.jpg"  alt="" class="ph_right">

<p>・クジャクの透かし彫り<br>
仏壇彫刻をやり始めたころの作品なので、まあ処女作ですかね。<br>
素材はベニマツを使っています。だいぶ昔の作品なのでベニマツもだいぶ焼けて赤黒くなってきました。当時は白かったんです。</p>
<br clear="all" />


<img src="/interview/img/006/5.jpg"  alt="" class="ph_left">

<p>・龍の木彫り<br>
透かし彫りの二枚重ねです。この二枚重ねの彫り方はオリジナルの技法です。素材はヒノキを使っています。<br>
彩色は仏壇制作で培った技術です。木に彩色するときは、意識して薄く塗らないと目の感覚が麻痺して濃くなってしまうので、気を使っています。彩色も何回もの行程に分けて念入りに行っています。</p>
<br clear="all" />

<img src="/interview/img/006/6.jpg"  alt="" class="ph_right">

<p>・ひょうたんスタンド<br>
ひょうたんの皮から明かりが少しもれるように、中身は限界まで彫っています。外側の文様は「彫る」というよりは「彫り抜く」という感じで彫っています。<br>
木彫りのジャンルの中では変わったスタイルなのですが、このスタンドの明かりをよりきれいに見せる方法として最適だと思っています。<br>
作品を作る時には、彫り方にはこだわらず、作品をより良く見せることを思いながら作っています。<br>
いいきっかけもあって作り始めたのですが、このひょうたんスタンドは気に入っています。作品を作る時には、彫り方に工夫をしてみたり、和紙をはったり、彫らないで絵付けをしようか、などなど常に試行錯誤を重ねています。</p>
<br clear="all" />


<p><a href="http://taka-kibori.com/">木彫り工房・貴のホームページはこちら</a></p>
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>陶芸家　小池智久さん</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.ko-gei.net/interview/post-2.html" />
    <id>tag:www.setunet.rash.jp,2009://2.13</id>

    <published>2009-12-11T08:11:24Z</published>
    <updated>2009-12-11T08:16:21Z</updated>

    <summary>工房　煌藍窯（おうあいがま） 小池　智久 陶芸家として新人ということでしょうか。...</summary>
    <author>
        <name>setunet</name>
        
    </author>
    
        <category term="インタビュー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.ko-gei.net/">
        <![CDATA[<h4>工房　煌藍窯（おうあいがま）<br />
小池　智久</h4>

<img src="/interview/img/005/1.jpg"  alt="" class="ph_right">

<h4>陶芸家として新人ということでしょうか。</h4>

<p>新人ですね（笑）<br />
東大阪市にある近畿大学という大学で陶芸をやり始めて、今年で8年目になります。<br />
大学では5年くらい学んで、その学んだ中から自分なりに作陶するのが3年目です。<br />
在学時は神戸に住んでたんですが、2005年に長野に帰ってきました。その後、萩原先生に師事しています。</p>

<h4>もともと陶芸家になりたいと思っていたのですか？</h4>


<p>芸術に漠然と興味があったのが始まりです。<br />
大学のコース選択でたまたま陶芸に出会って、そこから陶芸にはまっていったという流れです。<br />
育った環境が、ものづくりに近かったというのもきっかけだと思います。<br />
小さいころ、母親がレザークラフトの講師をやっていたんです。その姿をずっと見てたこともあって、ものづくり自体自然と自分のとなりにありました。</p>

<br clear="all" />

<h4>作風について</h4>

<p>ロクロを使った作陶が主です。
あと、日常使いの器を自分で作って使いたいという想いがあるので、作っているものは学生の時から基本的に何も変わっていないと思います。<br />
大学ではロクロ以外にも色々な課題があったんですが、基本的にはロクロで器を作ったりしてたので、今も全く変わっていないです。<br />

自分ならではの表現という部分では、今それを一番模索しているというか、自分のカラーがまだはっきりと決まっていないです。</p>

<h4>先日の展示会では『織部』がメインだったと思うのですが、こだわりがあるのでしょうか。</h4>

<p>『織部』に一番こだわっています。<br />
大学の卒業制作のテーマが織部でした。<br />
その延長線上というか、まだ自分なりの結論が出ていない部分もあるので、ずっと織部にはこだわっていきたいなと思っています。</p>

<h4>『織部』のことを簡単に説明して頂けますか？</h4>

<img src="/interview/img/005/3.jpg"  alt="" class="ph_right">

<p>陶器を焼く前に塗る『釉薬（うわぐすり）』というのがあるのですが、織部釉（おりべゆう）の場合、仕上がりが独特な緑色になるんです。この織部釉を使った焼き物のことを『織部』と言うんです。<br />
桃山時代から続いているのですが、陶芸の歴史の中では織部釉が登場した事で、ルネサンスじゃないですけど、そのくらい革命的な流れが生まれたんですね。<br />
造形的に今までの陶芸の流れと全く違う流れが生まれるきっかけとなった釉薬なんです。<br />
そういう部分にもやはり魅かれますね。</p>

<br clear="all" />

<h4>神戸から長野に移り住んで作陶活動を始めたわけですが、長野はどうですか？</h4>

<p>神戸に住んでいたら多分陶芸は続けていなかったと思います。<br />

というのは、ああいう雑然とした中で、本当にものを作っていけるのかな？って当時から思っていたんですね。<br />
陶芸をするなら長野だと決めていたので長野に帰ってきたんです。<br />
基本は自然に触れて自然のものを作っていくわけだから、周辺に自然がなければ成立しないんじゃないかと思うんですね。</p>

<h4>独立して作陶しはじめて3年目ということですが、どうですか？</h4>

<p>大学で作陶してた頃は、土とか釉薬の材料とか全てそろっていたので、ただ学校に行って作るという感じだったんですよ。<br />
長野に帰ってきて自分の工房でやりはじめてからは、当然のことですが全てゼロから自分で用意しなくちゃいけないんですね。<br />
その過程が楽しいんですよ。あるものを使うんじゃなくて、自分で調べて「こうなる・ああなる」という試行錯誤が今はすごく楽しいんですね。<br />
根本から陶芸をやっていくという過程ですね。それを楽しんでいます。</p>

<h4>目標や将来の夢はありますか？</h4>

<img src="/interview/img/005/4.jpg"  alt="" class="ph_left">

<p>今は目の前のことで精一杯です。<br />
例えば、織部で言えば「もっと良い色が出せたらいいな」とか、そういう積み重ねです。<br />
とにかく良い作品を作りたいです。<br />
その「良い作品」というのは、人に使いやすいと言われる作品であったり、自分自信で納得できるようなものということです。<br />
先日の展示会で、お客様から「作品を見ていると何を盛ろうかって考えてわくわくする」とか「使い勝手が良さそう」とか、たくさん言ってもらえて、「器は料理を盛られて作品が完結する」ということに気付きました。<br />
絵画に例えれば、僕の作った器なんて所詮はキャンバスというか、下地の紙でいいと思います。<br />

そういう風に料理を作る人にとって使いやすくて、料理を引き立たせることのできる良い器を提供していけたらと思います。</p>

<br clear="all" />


<h4>現代って、100円ショップとかで大量に陶器が売られているじゃないですか。そういうものに対して思う事はありますか？</h4>

<img src="/interview/img/005/5.jpg"  alt="" class="ph_right">

<p>お互い比べるつもりはなくて、全く別のものだと僕は思っています。<br />
それをあえて比べるとすると、僕の作った器は、自分の手作りで、これ一個しかないものだという事が僕の中の支えですね。<br />
どちらを選ぶかはお客様次第だと思います。</p>

<br clear="all" />


<h4>普段心がけている事は何かありますか？</h4>

<p>土に感謝をする気持ちを忘れないようにしていきたいです。<br />
土を無駄にしたら成立しないと思いますし。</p>

<h4>和める瞬間ってありますか？</h4>

<p>お酒を飲んでいる時ですかね（笑）。<br />

自分の作った器で、友人たちとお酒を飲んで話しをしている時が楽しいですね。</p>
 
<h4>どうもありがとうございました。</h4>
]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>陶芸家・北村直子さん</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.ko-gei.net/interview/post-3.html" />
    <id>tag:www.setunet.rash.jp,2009://2.14</id>

    <published>2009-12-11T08:05:37Z</published>
    <updated>2009-12-11T08:16:50Z</updated>

    <summary>北村直子（きたむらなおこ） 長野市で陶芸教室講師をしながら、創作活動を続けている...</summary>
    <author>
        <name>setunet</name>
        
    </author>
    
        <category term="インタビュー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.ko-gei.net/">
        <![CDATA[<h4>北村直子（きたむらなおこ）</h4>

<img src="/interview/img/004/1.jpg"  alt="" class="ph_right">

<p>

長野市で陶芸教室講師をしながら、創作活動を続けている陶芸家の北村直子さんにお話をお伺いしてきました。<br />
2006年12月に開催された個展の様子もあわせて公開します。<br />
普段使いの陶器をはじめ大作まで、見応えのある個展でした。</p>

<br clear="all" />
<table>

<tr>
<th class="tbl20">1963年</th>
<td>長野県千曲市生まれ</td>
</tr>

<tr>
<th class="tbl20">1983年</th>
<td>東京家政学院短大・食物栄養科卒</td>
</tr>


<tr>
<th class="tbl20">1989年</th>
<td>スペースインフォメーションカレッジ　インテリアコース卒業</td>
</tr>


<tr>

<th class="tbl20">1990年</th>
<td>松代陶苑　陶芸教室</td>
</tr>


<tr>
<th class="tbl20">1994年</th>
<td>芹田公民館　陶芸教室講師　</td>
</tr>


</table>



<h4>今の仕事を選んだきっかけは何ですか？</h4>

<p>講師になろうとは全然思ってはいなかったんですけれど、もともと人と関わる事が好きだというのは関係していると思います。<br />
高校の頃はスポーツ少女だったんです。でも美大に行きたいと思っていたんですよ。<br />
遅くまで部活をやってきたのに、家で油絵を描いていたりとかしてて...。<br />
嫌いじゃできないと思うんですよね。部活でぐったり疲れているんですけど、絵を描くということを続けていたんですね。<br />
先生に美大に行きたいというのを相談したら「スポーツもやめて、生徒会活動もやめて準備しないと無理だよ」と言われたんです。<br />
それであっさりとあきらめて、違う普通の大学（東京家政学院短大）に行くことにしました。<br />

大学卒業後、長野に帰ってきて普通に仕事をしていました。</p>

<h4>陶芸との出会いはその頃ですか？</h4>

<img src="/interview/img/004/2.jpg"  alt="" class="ph_right">

<p>ここから陶芸とは少し絡んでくるんですけど、インテリアコーディネーターの勉強をするために専門学校に行ったんです。<br />
人間工学とかいろいろ幅広く、図面も引いたりとかいろいろ学びました。<br />
ちょうどその頃、叔母が趣味で作っていた陶器をよく見ていたんですけど、普通の人がこういうのを作れちゃうんだ、という風に思っていました。<br />
それで陶芸をやりたい、という思いに駆られて作り始めたんですよ。<br />
一番はじめに作ったのは「灯りとり」だったんですけど、次第に「陶器」にハマって「陶器」を作りはじめたんです。<br />

毎日行っても良いようなところで陶芸を学びたくて、探していたら、松代陶苑という陶芸教室に出会ったんです。</p>

<h4>陶芸をやりはじめた時はどうでしたか？</h4>

<p>私の陶芸は、ほとんどがろくろから始まったんです。<br />
作り始めた頃はろくろの扱いが難しくて、全然うまくいかないんですよね。<br />
はじめから大きなものなんて回せないので、ろくろに慣れようと思って小さなものから作っていたんです。<br />
そしたら、こういうものも作りたい、ああいうものも作りたいって自然とイメージが湧いてくるんですね。<br />
それがお皿や湯呑み、カップだったりとかしたんです。そういう形でどんどん作っていくうちに作るものが自然と普段使いの「陶器」が多くなっていったという感じです。</p>

<h4>作風が少しずつ形成されていく様子が分かります。</h4>

<img src="/interview/img/004/3.jpg"  alt="" class="ph_right">

<p>私が学んだ松代陶苑では、粘土や色、ろくろの作る丸形など、全てが他の人たちと一緒なんですよ。<br />
ろくろを回した時に、自分の中の決まりきった「丸を変えたい」というのを考えていました。<br />
他の人とは違うものを作りたいなと思ったんです。</p>

<h4>作る時に、あらかじめ「こう作りたい」というイメージはあるのですか？</h4>

<p>たとえば、陶器に物をのせた時のイメージですね。
色だったり形だったり、ある時は「におい」まで頭の中にイメージしながら作る時があるんですね。<br />

でも実際に作品を作っていると、どんどん違う物になっていったり、イメージ通りではないものもあります。<br />
イメージ通りではなくなって、思いもしないような作品を作るのはとても楽しいです。<br />
作為的に作る作品と、頭の中でイメージしていったものを作る作品と、割合は半分半分くらいですね。<br />
実際にできた作品を後になって、「こういうときに使ってもらいたいな」と思う器もあれば、作っている段階で、食器棚にしまわないで常に置いてあるというイメージで作る作品とか、そういうことを常に考えています。だから、作風というよりは自分の「思い」だったり「感覚」だったりするんですよね。<br />
作品展をやる時には必ず自分のテーマを決めるんですよ。<br />
それにともなって、いろんなものを引っ張りだしてきて参考にしたり、本を読んだりとかします。<br />
物を作る作業よりもそこまでの過程が自分の中ではすごく楽しいです。</p>

<h4>インスピレーションになるものは何かあるんですか？</h4>

<img src="/interview/img/004/4.jpg"  alt="" class="ph_right">

<p>小さな時によく本を読んだんですよ。<br />
小学校の作文コンクールとかに毎回入賞するくらい、本を読んだり文を書くのが好きだったんですよ。<br />
小学4年生の時に、全国の作文コンクールに出品するときのことなんですけど、賞をとるということを思い出したら全然書けなくなってしまったんですよ。<br />
作文というよりは、賞のことが頭にすごくあって、絶対自分は入賞したいと思っちゃったんでしょうね。<br />
結局、嘘の作品を書き上げてしまって賞は取れなかったんですよ。<br />
小学校4年生の時って、ほとんど大人の言葉って分からないじゃないですか。だから一生懸命大人の言葉とかを空想したんだと思うんですよ。<br />
それが今の自分にとてもいい影響を与えていてくれていると、今になって思います。<br />

空想したり想像したりすることがすごく好きなんだと思うんですね。<br />
今もそういうことの延長だなって思います。</p>

<h4>お子さんを世話しながら、活動をされているわけですが、生活面ではどうですか？</h4>

<p>講師の仕事では、教える仕事の他にも素焼きをしたりとか、いろいろ仕事があって時間的に拘束されるんですけど、ある程度は仕事を分散させることができるんですよ。<br />
だから、家族との生活とバランスを見て合わせてできます。<br />
でも、たまに「穴窯」という作業をするときがあるんですけれど、その場合は仲間と一緒に、丸5日間ぐらい陶器を焼き続けるので、時間的にすごく拘束されるんですよ。<br />
だからこの「穴窯」の場合は、生活とは切り離すということをしないと不可能な作業なんですよ。<br />
1日中、山にこもるような状態ですので...。</p>

<h4>山にこもって陶器を焼くわけですね。厳しそう...。</h4>

<p>逆に言うと、生活にハッキリと結界が引かれるので、メリハリがつきますよね。<br />
家族もそういうときは、生活とは断ち切らせてくれるので、感謝しています。<br />
子供が中学1年生と小学5年生なので、やれている部分はあります。これがもっと小さかったら、今のようなことはできなかったかもしれませんよね。</p>

<h4>家族も協力的ですね。</h4>

<img src="/interview/img/004/5.jpg"  alt="" class="ph_right">

<p>家族って一番難しい人間関係だと思います。<br />

身近にあって、ちょっとした思い違いで、関係がガラガラッて崩れもするし。<br />
でもなんとか繋がっていようという気持ち一つで、意外と繋がっていれるものだな、とも思います。<br />
日々の生活の中に私の作った陶器があるんですけれど、それが自然と家族が私の活動を認めてくれるきっかけになったのかな...。昔はけっこう無機質な家だったんですよ。<br />
でも、私の陶器を置くようになったら、家族も周囲のインテリアとかに気を使うようになったんですよ。例えば陶器の下に敷くマットとかもっと良い物が欲しくなったとか...。<br />
家族にとってとても良い事だと思います。</p>

<h4>長野県に対して思う事はありますか？</h4>

<p>長野って県庁所在地から30分くらいで、戸隠とかああいった自然に触れることができるじゃないですか。<br />
わざわざ遠くまでいかなくても、気をもらいに行くというか、常にいい気をもらえる場所なんじゃないかなと思っています。</p>

<h4>将来の夢はありますか？</h4>

<p>何かひとつ行動した結果を「点」に例えるとしたら、私の人生にはいくつかの「点」があると思うんです。<br />
その「点」を結びつけていけば、今よりもっと何かできることがあるかもしれないって思うんですよ。<br />
そこに陶器があったらすごくうれしいし、もっと違う関わりが持てているかもしれないですしね。<br />
陶器が生活を楽しめるひとつのツールとして、頭の中に残るものだということを少しでも多くの人に分かって頂ければうれしいです。</p>

<h4>あなたにとっての和みとは？</h4>

<p>いかに自分が和むか、どういう風にしたら和めるのか、という風に考えるのが「和み」ですかね。<br />

和まされているという風には思いたくないんですよ。<br />
だから求めないと得られないんだと思います。</p>

<h4>ありがとうございました。</h4>
]]>
        
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    <title>ナチュラル料理研究家・宮沢久美子さん</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.ko-gei.net/interview/post-4.html" />
    <id>tag:www.setunet.rash.jp,2009://2.15</id>

    <published>2009-12-11T08:04:53Z</published>
    <updated>2009-12-11T08:17:23Z</updated>

    <summary> 宮沢久美子（みやざわくみこ） 1977年12月13日生まれ 地球にやさしい、身...</summary>
    <author>
        <name>setunet</name>
        
    </author>
    
        <category term="インタビュー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.ko-gei.net/">
        <![CDATA[<img src="/interview/img/003/1.jpg"  alt="" class="ph_right">

<h4>宮沢久美子（みやざわくみこ）</h4>

<p>1977年12月13日生まれ<br />

地球にやさしい、身体にやさしい、をテーマに活動。食べ物だけではなく、ライフスタイルの提案や、癒しの本質を追究。毎年、比叡山延暦寺御修法(みしほ）の奉餐に参加。2007年で6度目となる。2006年には「権典司」という称号を授与される。<br />
2005年8月、マクロビオティックと麻をコンセプトにしたカフェ「おーがにっく 和 カフェ 和みや優麻」をオープン。</p>

<h4>今の仕事を選んだきっかけは何ですか？</h4>

<p>四人姉妹の長女なんですよ。長女ということもあってか、小さな頃から母親のお手伝いをする機会が多くて、あたりまえのように料理をしていました。<br />
母は徹底した自然食は、やってなかったけれど、やっぱり着色料などの危険性への関心はあったようです。<br />
私が専門学校に通って調理師免許を取得した頃、両親はソバ屋（長野市稲里：仁王門屋）を始める頃で、そば屋を手伝うようになりました。<br />
母の実家が戸隠にあるんですけど、そこでおばあちゃんがソバ屋をやってたんですよ。今は母の弟、私のおじさんがやってます。<br />
そのお店の暖簾分けみたいな形で長野市稲里でやっているわけです。</p>

<h4>はじめはソバ屋さんで修行したんですね。</h4>

<p>その頃は自然食はあまり知らなかったんですが、精進料理にはすごく興味がありました。<br />
精進料理を学ぶなかで、「食」を通しての癒しや健康法を追求していたら「マクロビオティック」という食事法に出会ったんです。<br />
独学で理解していくなかで、その食事法にすごく衝撃を受けました。いままでの当り前だった常識がくつがえされてしまったんですね。<br />
本来の人間らしく生きていくっていうのは、どういうことなのかという真実を知ったときに、そういった価値観や食事法を多くの人に伝えたい、発信したいという思いにかられたんです。<br />
その価値観は、当然環境問題にもつながってくるので、「麻」の重要性を融合させてお店をやりたいと思ったんですね。<br />
母にマクロビオティックと麻のお店をやりたいと相談したら、「このそば屋を改造してもいいよ」って言ってくれたんですよ。それで、そば屋の一角を改造して私のお店にすることにしたんです。父はもともと建築の仕事をしていたので、内装とかもやってくれたんですよ。</p>

<h4>「マクロビオティック」について教えて頂けますか？</h4>

<img src="/interview/img/003/2.jpg"  alt="" class="ph_right">

<p>「マクロビオティック」というのは、広い意味があるのですが簡単に言えば「長寿法」です。<br />
キーワードとしてあるのが、「身土不二」「医食同源」「一物全体」です。<br />
「身土不二」というのは、その土地でとれたものを食べること、旬のものを食べることにより、身体は元気でいられるという意味です。<br />
「医食同源」というのは、医療と食事は体を良くするということでは同じものですよ、という意味です。<br />
「一物全体」というのは、葉っぱから根っこまで全部をいただくことがバランスがとれた食生活なんですよということを言っているんですよ。<br />
一般的には、皮をむいたりとか、葉っぱをとったり、灰汁をとったり、という調理法ですよね。<br />

現代の野菜は農薬の関係とか色々あって皮はむいているんだと思うんですけど、それだと何の栄養素もなくなっちゃうんですよ。<br />
無農薬野菜の皮付きの栄養素と比較すると5倍以上も違うんですね。</p>

<h4>なるほど、理にかなった調理法ですね。</h4>

<p>現代って、当り前のように食べ物が手に入って、食べてるじゃないですか。
そういう中で、食べ物に対するありがたい気持ちが欠けちゃってて、いろんな問題を引き起こしているような気がするんですね。<br />
私が大事にしている部分は、無農薬だからとかそういうことだけではなくて、作り手の苦労・気持ちを大事にしたいと思うんですよ。<br />
目に見えない部分ですよね。</p>

<h4>「麻」に興味を持つきっかけは何でしたか？</h4>

<img src="/interview/img/003/4.jpg"  alt="" class="ph_right">

<p>「麻」に関しては、周辺にナチュラルなライフスタイルを送っている人が沢山いるんですけど、その人たちに「麻」の話を聞いてから興味を持ち始めたんですね。<br />
それからは自分で調べ始めて、歴史とか古い文献とかを読んでいくうちに、「麻」は日本にはなくてはならないものなんだということを知ったんですね。<br />
母方のおじいちゃんが、「麻」は昔ずっと作っていたよって、言っていました。<br />
「麻」を作ってその裏作でソバを作ってたから昔のソバは美味しかったんだって...。<br />
「麻」が畑の土を良くしてくれて良いソバが育つ。麻にとってもソバを植えた後の畑では良い麻が育つ、という相乗効果があるんですね。<br />
冬には「麻」を編んだりとか、そういう生活を当り前にしてたんですけど、現代ではアメリカの石油産業などによって、日本本来の文化を持っていかれてしまっているんですね。<br />
現代でも「麻」は自生で、沢山生えているみたいですよ。でもそれを行政で刈って燃やしているみたい。エネルギーを使ってエネルギーを燃やす、という悪循環で。<br />

無駄ですよね...。</p>

<h4>宮沢さんの料理法のスタイルを教えてください。</h4>

<p>料理も芸術的なものだととらえているんですよ。
作っててそうなんですけど、見た目も美味しそうだと思うことって大事だと思うんですね。だから美しさというのは大事にしています。<br />
植物性で、旬の素材だけでもこれだけのことができるということを一つのスタイルとしています。（お客様の中には動物性を使っていないの？、って驚かれることもあります。）</p>

<h4>料理も芸術的な感性って必要ですよね。</h4>

<img src="/interview/img/003/3.jpg"  alt="" class="ph_right">

<p>「マクロビオティック」では、できるだけ素材のうまみを活かすために、人間の手をあまり加えないんですよ。<br />

食べ物が持っているエネルギーで、陰性と陽性のエネルギーの使い方をするんですよ。<br />
陽性は求心・下降していくエネルギー、陰性は拡散・上昇していくエネルギーなんです。そういうエネルギーをお鍋の中で利用するわけです。<br />
例えば、玄米を中心に考えた時、人参は陽性なんですね。それは、実際の畑での状態を思い浮かべると分かると思うんですけど、人参って土の中に下降していくじゃないですか。だから陽性なんですね。葉ものは上に伸びていく（上昇）ので陰性なんですね。<br />
料理をする時にも葉ものとか陰性のものを下にするんですよ。それで、根菜類とか陽性のものを上にするとエネルギーが混ざり合って美味しくなるっていう料理方法なんですね。だからガチャガチャとかき混ぜるということはないんですね。<br />
野菜の切り方にも陰・陽というのがあって、バランスよく切るんです。<br />
こういう感じで奥が深いんですけど、面白いです。</p>

<h4>勉強になりますね。こういう調理法が一般的になったら良いですね...。</h4>

<p>実際に料理教室も主催しているんですよ。ちなみに、コースを紹介します。<br />

◎マクロビオティックの基本から学ぶコース<br />
◎マクロビオティック1DAY体験<br />
◎出張料理教室　　などです。<br />
松本・諏訪・伊那などでも月1回のペースで行っています。
</p>

<h4>長野県に対してはどうですか？</h4>

<p>長野は大好きです。<br />
自然も豊かだし、そういう所だからこそ長野から情報発信をしていけたらと思っています。<br />
麻は長野に縁が深いんですよ。<br />

長野はもともと麻が付く地名が多いですよね。現在は少ないですけど、松本の浅間温泉や小谷村とかも、もともとは「麻」っていう文字が付いていたらしいんですよ。<br />
現在も美麻とか麻績とか、少しはありますけど昔はもっと多かったようです。<br />
それに長野はもともと麻栽培が盛んだったこともあって、今でも麻を作ろうっていう活動はあちこちでありますよね。</p>

<h4>目標や将来の夢を教えてください。</h4>

<img src="/interview/img/003/5.jpg"  alt="" class="ph_right">

<p>大きく言えば世界平和です。<br />
実際に食べたものが身体を作っているというのは事実なので、そこから性格とか感情とかも作っているので、食べ物を変えることによって世界を変えるというのは大きなことですけどね...　夢ですね。<br />
自分の夢としては、自給自足できるようなライフスタイルが目標です。<br />

自分で野菜を作って、提供できるような、全部自分でまかなえるような状態が夢です。</p>

<h4>普段心がけている事は何かありますか？</h4>

<p>自分が「楽しく」いることです。<br />
無理にではなくて、自然にそれができるように心がけています。</p>

<h4>あなたにとっての「和み」は？</h4>

<p>食べているとき、リラックスしているときですね。<br />
あと、料理をしているときも「無」になるので、自分にとってはひとつの瞑想で、和んでいるかもしれません。<br />

このお店も「和みや優麻」っていう名前ですし（笑）</p>

<h4>今日はどうもありがとうございました。</h4>
]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>陶芸家・神田純子さん</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.ko-gei.net/interview/post-5.html" />
    <id>tag:www.setunet.rash.jp,2009://2.16</id>

    <published>2009-12-11T08:03:53Z</published>
    <updated>2009-12-11T08:17:48Z</updated>

    <summary> 神田純子「神窯（じんよう）」 1975年、長野市生まれ。高知大学人文学部人文学...</summary>
    <author>
        <name>setunet</name>
        
    </author>
    
        <category term="インタビュー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.ko-gei.net/">
        <![CDATA[<img src="/interview/img/002/1.jpg"  alt="" class="ph_right">

<h4>神田純子「神窯（じんよう）」</h4>

<p>1975年、長野市生まれ。高知大学人文学部人文学科卒業後、（岐阜県）多治見工業高等学校陶磁科学芸術科で陶芸を学ぶ。2004年から長野市戸隠に居を移し、鉢・食器などの陶器を製作している。</p>

<table>

<tr>
<th class="tbl20">2001年7月</th>
<td>日本橋高島屋にて美濃土竜三人陶展（以降3年間にわたり開催）</td>
</tr>

<tr>
<th>2001年10月</th>
<td>南風の生活文化展2001、入選</td>
</tr>

<tr>
<th>2004年7月</th>
<td>阪急梅田店にて東京クリエイターズ展</td>
</tr>

<tr>
<th>2006年5月</th>
<td>長野市ナノグラフィカにて初個展「日々。」</td>
</tr>

<tr>
<th>2006年9月</th>

<td>阪急梅田店にて「木（き）・金（かね）・土（つち）」</td>
</tr>

</table>


<h4>今の仕事を選んだきっかけは何ですか？</h4>

<p>会社員みたいに普通には働かないというのが、中学生とか幼い頃から感じてました。<br />
それで、高知県の大学に入ったらおバカになっちゃって（笑）。大学4年間はウクレレに捧げました。<br />
大学での一人暮らしのときに、使いなじんだ母の実家の大谷焼の湯のみでお茶を飲んだら、すごくほっとした自分がいて、ああ、陶器ってすごく良いな、って感じたんですよ。母の影響も今考えると少しあったと思います。認めたくはないんですが（笑）。<br />
母方のひいおじいさんとひいおばあさんが、徳島県鳴門市の大谷焼で有名な地域で焼き物をつくる職人だったんですけど、母からすれば陶芸は身近な存在だったんだと思います。私は年に1・2回、夏休みとかに鳴門に遊びにいくんですけど、窯に興味を持つというよりは、窯の周りでかくれんぼみたいな遊びをしていたりとかでしたけどね...。</p>


<h4>普通の家庭環境から考えれば、陶芸の窯にふれるということ自体なかなかないことだと思います。<br />
ものづくり=陶芸という考えの理由になるんじゃないかと思いますけどね。</h4>

<img src="/interview/img/002/2.jpg"  alt="" class="ph_right">
<p>いろいろ、複合的にですけどね。<br />
大学在学中に専門学校進学を考えだしたときに、最終的に残ったのは、広告業界か陶芸かという同じものづくりでも両極端な世界だったんですけど...。最後に背中を押したのは、陶芸職人の血が流れている（=DNAを受け継いでいる）ということかな。それだけでいままでがんばれてこれたかな、というのはあります。</p>

<h4>なるほど、それで岐阜県多治見市の陶芸の学校（通称・専攻科）で学ぶことになったわけですね。</h4>

<p>専攻科ではオブジェを選考していたので、ろくろは授業以外はあまり使わなかったんですよ。造形の方ですね。形を表現したかったんですよ。めったにろくろを使わないわりには、先生には上手だとほめられてました。若い女の子だったからかな...（笑）</p>

<h4>作風についてですが、まず思うのは、とても軽くて薄いということです。<br />
手に取ったときに驚きがあります。</h4>

<p>いままで自分では軽さとか考えてなかったんですよ。やっているうちに、みんなから「すごく軽いね」って言ってもらうようになって、そのギャップは、狙ってはいなかったけれど、うれしいなという感じでした。</p>

<h4>この作風ははじめからだったんですか？</h4>

<p>いえ、そんなことはないです。だれでも最初は重いです。厚さも側面なのか底面なのか分からないくらいに厚かったです。学校でろくろを習っているとき、重く見えるんだけど軽い、というのは技術・腕がある証拠だと先生がおっしゃっていたんですね。ろくろは当初重視していなかったんですけど、やるからには、うまくなりたい。うまくなりたい=重くみせて軽く作る。これが無意識のうちにどんどん進んでいって、うすく軽い作品を作るようになったんだと思います。<br />
ただ、形状によっては失敗することも多々ありで...。窯から出してショックを受けるときもよくあります。<br />
以前、三つ足の三角っぽいお椀を作ったんですけど、足の部分に重みがかかってすごく歪んで、作品が全滅してしまったんです。そこで底の部分を丸くして重みを分散させたり工夫した結果、ちゃんと高台（こうだい）をつける形にしてみたんです。高台があることで、持ちやすさとか実用性以外にも余計な歪みを抑えることができるということがあるんですね。</p>

<h4>軽さは、粘土による軽さではないのですか？</h4>

<p>よく質問されるんですが、粘土というわけではなくて、ただ薄く作っているので軽いんですよ。失敗した作品の中には、気づけば厚さ1ミリというものもあるくらい薄く作っています。</p>

<h4>作品の色についてですが、独特な緑色は、この粘土じゃないと出ないわけですか？</h4>

<img src="/interview/img/002/3.jpg"  alt="" class="ph_right">
<p>そうですね。色に関しては、専攻科を出たあと名古屋の陶芸教室の講師をしてた頃の作品で出た色です。きっかけは偶然だったんですけどね。結局は粘土と釉薬（ゆうやく）の相性、化学反応した色なんですけどね。銅も入っていると思います。お寺の鐘とかの青銅の色も好きだったんで...。信楽（しがらき）の土を、酸化させて（空気がある状態で）焼いてます。表現としては、チョコ・ミントの色かな、と思うんですよ。</p>

<h4>盆栽用の鉢についてはどうですか？</h4>

<p>盆栽用の鉢の仕事が本格的に始まったのは去年の秋くらいです。大量に作るので、できたら後処理が楽な方が良いというのがあって、同じく作るなら薄く作れる技術を習得しようという姿勢でやってます。<br />
盆栽用の鉢は、黒泥（こくでい）という土を還元（空気がない状態）で焼き締めています。<br />
盆栽作家さんの要望として黒色で、ざらっとした感触にしたくないということだったので、土はもう決まっていたんです。ほとんど使ったことのない土だったんですけど、まあできるかなとたかをくくっていました。でもこれがすごく難しくて...。この土が、土の中で一番気難しい土なんじゃないかなと思います。土の中の鉄分が非常に聞かん坊なところがあるんですよ。ほんとに愛情かけて、作った後も気をつけないと、歪みが出てきちゃったりとか。かなり世話のかかるヤツなんです。<br />
鉢を大量に作っていくことで、腕が磨かれたと思うんですよ。一番難しい土で、さらに薄く作る。という作業を繰り返したこともあって、この土以外の粘土の場合、薄く作るのが容易になったんですよ。難しい問題を解いていたので、簡単な問題を解くのは楽。みたいな感覚ですね。<br />
それでもまだまだ極めているわけではないので、もっと作らないとな、と思います。人間が作っているので、それぞれが微妙に違ってしまうんですよ。だから、見たときの印象が同じになるようにしていかないといけない。1ミリでも印象がまったく変わるし、少しのラインのふくらみで印象が変わってくるので、そういう部分はもっとつきつめていきたいです。</p>

<h4>ところで神田さんの窯の名前、「神窯」の由来を教えていただけますか？</h4>

<p>苗字が変わっても変わらなくても、子孫が残せても残せなくても... 神田家という名前は残したい、そう思って、親への感謝も含めて私がつけました。神田家の窯という単純な意味です。戸隠に住んでいるからといって、決して神がかり的な名前ではありません（笑）。<br />
<br />

（一同、半円形の虹が山と山の間にアーチを描いているのに気づく）</p>

<h4>あ、虹だ。すごく虹きれい。完全な形の虹だ〜。なんかいい事ありそうですね！？</h4>

<p>ここたまにすごくきれいな虹がでるんですよ。下界よりは沢山でますね。得してます（笑）</p>

<h4>ここら辺で少し休憩しますか。</h4>

<img src="/interview/img/002/4.jpg"  alt="" class="ph_right">
<p>（神田さんの陶器についでもらったコーヒーを飲みながらしばし会話。でも、休憩とインタビューの区切りがつかないくらいリラックスしてました...）</p>

<h4>そういえば、以前お話ししたときに、山の力を自分のパワーにかえるというような話をしたんですけど、自然に対して特別な感情はありますか？</h4>

<p>私はどちらかというと、アース（自然）な感じというよりはコスモ（宇宙）な人なんですけど。（笑）</p>

<h4>コスモってなんですか？</h4>

<p>宇宙大好きっ子なんですよ。空にあるもの全てが好きなんです。まず天体、空、雲、飛行機とか全て。宇宙に関するテレビ番組も食いつくように見てしまいます。宇宙空間を想像することで、「怖い」という感覚ではなくて、逆に宇宙に戻る(還る)んです。<br />
今回、この取材を受けるにあたって改めて考えたのですが...　なんで陶芸（土）というアース（自然）な仕事に携わるのかというと、土は地球という惑星の素材で、宇宙の一つですよね。例えば木は地球から生まれた生命だけど、土は地球＝宇宙そのもの。鉄やシルバーも地球そのものの成分で、陶芸はそれら全てを含んで成り立つ。私が偶然にも陶芸（土）という仕事を選んだのは、単なる偶然だったのか、必然だったのか...（笑）どちらにしても嬉しい発見でした。</p>

<h4>長野について思うことはありますか？</h4>

<p>私は逆に海が良かったんですよ。海って1日中いれる。大学生のとき、海までバイクで20分くらいだったんですけど、ウクレレ持って海に行って、ウクレレ弾いて、なんか元気になったな〜。みたいな。（笑）基本的に住むのはどこでも良かったんですけど、私が大学生くらいの時から母は陶芸をやり始めていて、環境は整っていたわけです。私は非常に恵まれた環境にいますよね。私くらいの年齢で窯を持っているというのはかなり珍しいと思うんですよ。実際は使わせていただいているんですけどね（苦笑）。<br />

長野から離れていて、帰省の度に良いところを発見してきて...。家の周辺の木々に白い雪が降ると、とても情緒が感じられるんですよ。冬の明け方には山に朝日が反射して、ピンクに染まったりとか、夜は条件がそろうと星がすごいんですよ。さっき虹が出ましたけど、ああいう瞬間だったりとか。良いですよね。山好きの人にはたまらないんでしょうね。<br />
あと、心持ち変わったことは、戸隠って海だったらしいんですよ。だから、海底の山脈が切り立ってできたのが戸隠だと思うと、それを想像して「ここは海だ」とか思って、発想の転換でさらに楽しく暮らせるかな、って。<br />
ちなみにここは標高900mくらいらしいのですが...　標高900mは母親の胎内の気圧と一緒らしいんですよ。ということはα波とか出やすいんでしょうかね？</p>

<h4>目標や将来の夢などありますか？</h4>

<img src="/interview/img/002/5.jpg"  alt="" class="ph_right">
<p>個展でお客さんから、「作品を見てドキドキしました」と言ってもらえたことがあって、とてもうれしかったんですよ。昔の自分を思い出しました。大好きな作品に出会うとドキドキしてしまう純粋な気持ち...忘れかけていました。それから湯呑みで「ほっとした」感覚も大切な事なので、『ほっとする』と『ドキドキ』が融合するような作品を作っていけたらと思ってます。<br />
あとは、盆栽用の鉢の仕事をするようになってから、作品に対して見方が変わってきたんですよ。いままでは好きなように作ってたけど、結局それって自己満足というか趣味の世界だったのかなっていうのが少しあって...。今、やっとスタートラインに立ったのかな、という感じですね。ある意味、自分の表現との割り切りなのかもしれないんですけど。自分というよりは手に取った人を思っての、もの作りをしたいと思っています。100人の中の1人が良いねと言ってくれる作品ではなくて、100人の中の100人が良いねと言ってくれるような作品をつくりたいです。鉢の仕事は、依頼された商品を作るという請け負いの仕事ではあるんですけど、これから様々な経験をして、商品（プロダクト）から芸術に昇華させることができたらと思います。</p>

<h4>あなたにとっての和みは何ですか？</h4>

<p>はじめに思ったのが、『和み』と『癒し』の違いってなんだろう、ということです。<br />
『癒し』は気持ちがマイナスのときに回復させてくれる働きで、『和み』は気持ちがプラスのときにさらにプラスにしてくれるような、そんな風に私は思っています。私は最近あまり和んでないかな〜。和みたいですね。（笑）</p>

<h4>なるほど...。ほんと、『和み』って何でしょうね。深く考えてなかったです（苦笑）<br />
ちなみに癒されるときってありますか？</h4>

<p>音楽、場所（空間）、コーヒー。ですかね。癒されますね。<br />
あと、空や虹とかを見ると癒されます。</p>

<h4>今日はどうもありがとうございました。</h4>



<h4>インタビュー後記</h4>

<p>
今回からコーディネーターの本間さんも話に加わって、より深く作品についてのお話を聞けたように思います。まだまだ聞き足りないところはありますが、それはまた期間をおいて話せたらと思います。神田さんは、感性の人だな〜。と思いながらお話しをしていたのですが、やはりその感性の中にも、脈々と積み上げられている伝統、技術というものが伝わってきました。
ちなみに神田さんのお宅はギャラリーとして作品を展示しています。お父さんが苦心して作成したホームページ「<a href="http://www.geocities.jp/gallery_kissaco/index.htm" target="_blank">陶ギャラリーキッサコ</a>」で詳細をご覧ください。
</p>






]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>木工作家・中川岳二さん</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.ko-gei.net/interview/post-6.html" />
    <id>tag:www.setunet.rash.jp,2009://2.17</id>

    <published>2009-12-11T08:02:14Z</published>
    <updated>2009-12-11T08:18:11Z</updated>

    <summary>  中川岳二（なかがわたけじ） 寄木（よせぎ）・木象嵌（もくぞうがん） という技...</summary>
    <author>
        <name>setunet</name>
        
    </author>
    
        <category term="インタビュー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.ko-gei.net/">
        <![CDATA[ <img src="/interview/img/001/4-5.jpg"  alt="" class="ph_right">

<h4>中川岳二<br />（なかがわたけじ）</h4>

<p>寄木（よせぎ）・木象嵌（もくぞうがん）<br />
という技法によって作品を制作。<br />
寄木・木象嵌とは、樹木特有の色や木目を活かし、<br />
その組み合わせによって文様など描く技法です。</p>

<br clear="all" />

<table>

<tr>
<th class="tbl20">1978年</th>
<td>長野県生まれ埼玉県育ち</td>

</tr>

<tr>
<th>2000年</th>
<td>丹波の森ウッドクラフト展　奨励賞</td>
</tr>

<tr>
<th>2001年</th>
<td>武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科木工専攻卒業、テイクジー・トイズとして活動を始める</td>
</tr>

<tr>

<th>2004年</th>
<td>全国木のクラフト展　特別賞</td>
</tr>

<tr>
<th>2005年</th>
<td>6th S.I.C.F.　審査員特別賞</td>
</tr>

<tr>
<th>2006年</th>
<td>テイクジー・ブロック販売開始、ランデヴー プロジェクト展参加、UPLINK マーケット参加</td>

</tr>

</table>



<h4>今日はよろしくお願いします。<br />
まずは、木工という仕事を選んだきっかけというか、理由はありますか？</h4>

<p>大学で工芸工業デザイン学科という所に入ったんですけど、そこにはプロダクトデザイン・インテリアデザイン・陶芸・木工・金工・染織・プラスティックといったいくつかの分野があって、この中から木工を選んだんです。<br />
「木の削っているときの感覚が自分に合っているな」ということを感じたのがきっかけですね。</p>

<h4>木に対して興味が湧いたわけですね。
勉強が進んでいく中でどうでしたか？</h4>

<img src="/interview/img/001/2.jpg"  alt="" class="ph_right">

<p>僕が学校でものづくりを学び始めた頃、ちょうどダイオキシンの問題が社会的に取り上げられた時期だったんです。<br />
人間がモノを燃やすという行為で、どうやってもダイオキシンは出てしまうということで、僕らは生きてく上でそれを避けられないという現実があったんですね。<br />
そんなこともあって学生の時期は、僕にとってものづくりという行為自体がマイナスイメージだったんです。<br />
時代が少し前のバブル期であれば、ものづくりに対して肯定的に勉強できたのかもしれないけど、「僕らはものをつくって良いんだろうか」という段階まできてしまったので、ものをつくるというのが難しく感じられたというのがありました。<br />
食べていく事を考えるとプロダクトやインテリア方面に進む方が就職先があったりとかするんですが、僕は木工という分野を選んで、大量生産であまったり、飽きられたりして捨てられることのなるべくないようなものを作って生きていきたいなと思いました。</p>

<h4>なるほど。<br />
確かに環境問題はものをつくる人間にとって考えざるをえない問題ですよね。</h4>

<p>もうひとつこの頃のキーワードとして、14歳前後の少年の悲惨な事件や学級崩壊、幼児虐待などの子供をとりまく問題というのがあったんです。<br />
その中で大人になった自分は、子供たちにたいして何ができるかと考えていたんですね。<br />
そこで絵本を作ることにしたんです。<br />
僕にも子供たちに何か伝えられることがある、と思ったんですね。<br />
今思えば、絵も文章も表現する力がないのに、自信だけはあったというか・・・。<br />
それでも精一杯に絵本を作って出版社を回ったんですが、あっさり酷評されたりしてというのが現実でした。<br />
それでくやしいという気持ちよりも、自分の力のなさがよくわかったことの方が大きくて、これは自分を外側から見るいい経験でした。</p>

<h4>学生の頃って、僕もそうでしたが、自分は何でもできてしまうような感覚がありますよね。<br />

漠然としているというか。</h4>

<p>自分の思ったものを行動してみる事で、消去法のような形で自分のできることと自分なりの考えが残ったんですね。<br />
「ずっと大切にしてもらえるものと、子供のためになるものを作りたい」という。<br />
「環境の問題」と「子供の問題」、この2つの問題への興味が、今の活動に繋がっています。</p>

<h4>それでは作風についてお聞かせください。</h4>

<img src="/interview/img/001/3.jpg"  alt="" class="ph_right">

<p>僕は学生の時、木でオブジェを作るという課題がきっかけで、ロボットをつくりはじめるんです。<br />

木工を専攻すると、家具や小物を作る基本の技術を学んだ後で、実用的な家具や工芸品ではない、彫刻としての美術作品を学生に自由に作らせる課題があります。<br />
学校では、その作品にコンセプトをつけなければいけないのですが、今までマンガとかゲームとかといった中で育ってきた僕が、芸術の大学に来たからって、急にコンセプチュアルな作品をつくるのには違和感があったんです。<br />
とにかく嘘をつきたくなかったので、「自分はこんなんですよ」と素直に表現してみたんですね。<br />
それが今のような寄せ木の立体作品を作ることに繋がったんです。</p>

<h4>実際の作品制作の作業はどうでしたか？</h4>

<p>ものすごく緻密で精巧につくりたかったんです。<br />
寄せ木や木象嵌という技術的には難しい事をやってみたのですが、かなりの部分実現できたので、自分でもこんなことができるんだといううれしさがありました。<br />
伝統的な技法とキャラクターというアンバランスな感覚が僕としてはよくて、自分の表現ができたな...という達成感はありました。</p>

<h4>少しずつ作家としての道を歩み始めている感じがしますね。</h4>

<p>そうですね。</p>

<h4>ちょっと休憩しますか。</h4>

<img src="/interview/img/001/4.jpg"  alt="" class="ph_right">

<p>（コーヒーを飲みながら...<br />
...30分ほどお話しをしながら休憩。）</p>

<h4>余談かもしれませんが、家庭環境はどんな感じでしたか？</h4>

<p>物質的な豊かさが飽和しはじめていた80年代で、テレビもなくて車もないという家庭はあまりなかったと思うんですが、僕の家はそういった環境だったんですね。<br />
父親が変わっていたというか...、自分のやりたい事をやっていたということもあって、僕も視点が変わっていたのかもしれませんね。<br />
今考えるとラッキーな環境ですけど、当時は嫌だったですね（笑）<br />
母親の仕事の関係で、陶芸などをする機会もあって、ものをつくるという環境が近くにあったのは確かです。<br />
あとは彫刻家のおじさんの作品展を見に行ったりとか、美術館にはよく連れていってもらいました。</p>

<h4>長野県に対する気持ちを聞かせてください。</h4>

<p>父親の実家が中野市にあるんですが、学校を出てすぐに工房にする場所が問題になったので、聞いてみたらたまたま祖母のアパートが空いているという話になりました。<br />
それを貸してもらえるということで来たんです。<br />
はじめはそのぐらいの理由で来たので、言ってしまえばどこでも良かったところはあります。<br />
前々から、家具を作る環境として長野県は良いという話を大学時代の特別講師として来た先生から聞いていたことや、長野に作家さんが沢山いるということなどから、「長野って良い場所なのかな」と思っていました。</p>

<h4>実際に住みはじめてどうでしたか？</h4>

<img src="/interview/img/001/5.jpg"  alt="" class="ph_right">

<p>展覧会や映画の上映など、自分の興味のある事に出会える機会がずいぶん少なくなったと感じました。<br />
周りの人たちから「冬はメチャクチャ雪深くて、寒いところだよ」と聞いていたので、ものすごい住みづらい世界を想像していたんですが、実際住んでみて、たしかにすごかったんだけど、意外に「これくらいならなんとか生きていけるかも」って思いました。<br />

初めは実家の埼玉に帰るのが楽しみだったんですよ。<br />
帰る度に何かしら興味があるものが開催されてたりしていたんで。<br />
でも、いつぐらいからかはっきり覚えていないんですけど、長野から埼玉ではなく埼玉から長野に「帰る」という意識が出てきたんです。<br />
だんだん「長野の方が自分の生活には合っているんだな」と感じるようになりました。<br />
でもね、作品を作っているときは周りのものが見えなくなってそれだけになるので、どこに住んでいるとかあまり関係ないんですよ。</p>

<h4>中野市はどうですか？</h4>

<p>思うのはこっちの人たちって、中野市であったりとか須坂市という単位で仲間意識があるというか、地域意識があるのが印象的だったんですよ。<br />
<a href="http://www.valley.ne.jp/~jimu-k/ponpoko/onsen.htm" target="_blank">ぽんぽこの湯</a>っていう温泉があって、そこで中野市全体を眺められるんですけど、そこから中野市を見ていると「この町に住んでいる」というイメージが湧きやすくて中野の人たちはこの風景を見て、ここを故郷だと思うんだろうなと思ったんです。<br />

埼玉に住んでいる時の自分にはそういうイメージがなかったもので、すごく印象的だったというか...。<br />
僕もその風景を見て中野に帰ってきたというイメージが持てるんだな、と思いました。</p>

<h4>目標や将来の夢はありますか？</h4>


<p>目標としては、できれば数人の仲間で工房をつくり活動をしたいなと思っています。木のものづくりをしたいけど一人ではなかなかできない人と工房と技術をシェアしながら、みんなで良いものをつくっていけたらな、と思うんです。<br />
もっと大きな夢でいえば、20人くらいの職人が働く、自社製品をつくる工場になれたらいいなと思ってます。営業にまわるのは自分にはかなり負担な部分もあるので、営業が得意な人もいるだろうし、作るのも僕よりもっと早くて得意な人もいるだろうし、そういう人たちとやっていけたら良いな、というのはありますね。<br />
また、この中野という場所で、環境に負荷をなるべくかけないような製品をつくって、地方にあるのに常に製品受注や引き合いがあるのが理想ですね。<br />
子供たちにものづくりってかっこいいんだよっていう提案ができるような会社になれたらいいなと思います。</p>

<h4>普段なにか心がけている事はありますか？</h4>

<p>どうしても余ってしまう端材があって、そういうのをなるべく整理して保管しておきます。<br />
でも、後の制作に使えるものは実際は少ないんです。<br />
場所もとるし木取りもしにくいので、効率だけを考えれば捨てた方がいいんでしょうけど、なるべく木材を大切に使うという感じです。<br />
作品のどの部分に使えるか考えるのに時間がかかっても、その時間も無駄ではないと思うようにしています。<br />
あと、急ぐとケガをするときがあるのでなるべく落ち着いて作業をするようにしています。</p>

<h4>最後に、<br />

「あなたにとっての和み」をお願いします。</h4>

<p>和みか〜、和みは何なんだろうね......　（沈黙）<br />
<br />
今かな？<br />
もうこの生活自体和んでいるという感じですかね。<br />
もうひとつあった！<br />
<a href="http://www.valley.ne.jp/~jimu-k/ponpoko/onsen.htm" target="_blank">ぽんぽこの湯</a>にいくことです。</p>

<h4>温泉いいですよね〜</h4>

<p>行っちゃいますね。<br />
ほんとに温泉いいですよね〜。</p>

<h4>今日はどうもありがとうございました。<br />
とても楽しめました。</h4>


<h4>今日は作業を見せて頂けるということでしたので、簡単に工程を説明します。<br />
今回は、それぞれ種類の異なる木を貼り合わせる「寄せ木」の一部を紹介します。</h4>

<table>

<tr>
<th>（1）<br />木の表面にボンドを塗ります。<br />意外にもボンドはプロの世界でもよく使用する道具だそうです。</th>
<td><img src="/interview/img/001/8.jpg"  alt=""></td>
</tr>

<tr>
<th>（2）<br />クランプという道具でしめつけます。<br />間からボンドが出てくるくらいにきつくしめます。</th>
<td><img src="/interview/img/001/9.jpg"  alt=""></td>
</tr>

<tr>
<th>（3）<br />この状態のまま半日から1日乾燥させます。</th>
<td><img src="/interview/img/001/10.jpg"  alt=""></td>
</tr>

<tr>
<th>（4）<br />すっかり乾いた木を加工していきます。<br />図面をもとに穴空け作業です。</th>
<td><img src="/interview/img/001/11.jpg"  alt=""></td>
</tr>


<tr>
<th>（5）<br />少しずつ形になってきました。<br />あとは、図面をもとに精巧に作り上げていきます。</th>
<td><img src="/interview/img/001/13.jpg"  alt=""></td>
</tr>

</table>

<br /><h4>インタビュー後記</h4>

<p>中川さんとお話しするのは、実はこれで3回目でした。<br />
年齢が同じという事もあって、話がしやすくてとても楽しめました。<br />

このインタビューは休憩も含めて3時間くらいに及びましたが、あっという間にすぎてしまった感じがしました。<br />
カメラマンの金井君は取材自体を「和んでた」と言っていて、そういえば僕も和んでいたな〜、とその時気づきました。<br />
文章では伝えできない部分もあるのですが、中川さんの話し方や話し声にとても特長があって、印象的でした。<br />
実際に中川さんとお会いしたら、さらに思いが伝わると思いますので、展示会など足を運んで頂けたらと思います。
<a href="http://take-g.com/" target="_blank">テイクジー・トイズのホームページはこちら</a>。
</p>







]]>
        
    </content>
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    <title>本間友幸 陶展「薔薇の記憶」</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.ko-gei.net/news/post-11.html" />
    <id>tag:www.setunet.rash.jp,2008://2.23</id>

    <published>2008-10-07T08:30:44Z</published>
    <updated>2009-12-11T08:31:19Z</updated>

    <summary>信州の陶芸 薔薇貫入釉 本間友幸 陶展「薔薇の記憶」 過去に発表した薔薇貫入釉の...</summary>
    <author>
        <name>setunet</name>
        
    </author>
    
        <category term="ニュース" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.ko-gei.net/">
        <![CDATA[<p>信州の陶芸<br />
薔薇貫入釉 本間友幸 陶展「薔薇の記憶」</p>

<p><br />
過去に発表した薔薇貫入釉の限定色による盃、三角カップを今回のみ復刻させました。その他、穴窯作品も展示致します。</p>

<p><br />
日時　2008年11月19日（水曜日）～25日（火曜日）<br />
場所　銀座松屋7階アートスポット<br />
時間　午前10時～午後8時まで　※期間中無休</p>]]>
        
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    <title>本間友幸　個展のお知らせ</title>
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    <published>2007-07-05T08:30:15Z</published>
    <updated>2009-12-11T08:32:01Z</updated>

    <summary> 個展名 陶芸　本間友幸 薔薇貫入釉の陶展  ‐無限の再生‐ 開催期間 平成19...</summary>
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        <category term="ニュース" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.ko-gei.net/">
        <![CDATA[<table class="tbl80">

<tr>
<th>個展名</th>
<td>陶芸　本間友幸 薔薇貫入釉の陶展  ‐無限の再生‐</td>
</tr>


<tr>
<th>開催期間</th>
<td>平成19年6月29日（金）  〜7月22日（日）</td>
</tr>

<tr>
<th>展示時間</th>
<td>9:00〜17:00</td>
</tr>

<tr>
<th>閉館日</th>
<td>毎週月（月が祝日の場合は開館）・祝日の翌日</td>
</tr>

<tr>
<th>開催場所</th>

<td>信州中野銅石版画ミュージアム</td>
</tr>

<tr>
<th>住所</th>
<td>長野県中野市大字一本木479‐5</td>
</tr>

<tr>
<th>TEL</th>
<td>0269-22-4801</td>
</tr>

<tr>
<th>詳細</th>
<td>詳しくは<a href="http://www.city.nakano.nagano.jp/museum/topix.htm#oshirase" target="_blank">こちらをご覧下さい。</a></td>
</tr>
</table>
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    </content>
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    <title>「信州工芸作家・インタビュー」にて紹介しました中川岳二さんが個展を開きます。</title>
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    <id>tag:www.setunet.rash.jp,2007://2.21</id>

    <published>2007-04-28T08:28:48Z</published>
    <updated>2009-12-11T08:30:04Z</updated>

    <summary>中川岳二個展「こてんこ てん展 〜松屋で 遊ぼう！〜」 会期／2007年5月1日...</summary>
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        <category term="ニュース" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.ko-gei.net/">
        <![CDATA[<p>中川岳二個展「こてんこ てん展 〜松屋で 遊ぼう！〜」<br />
会期／2007年5月1日（火）〜7日（月）<br />
会場／松屋銀座7F シーズンスタジオ<br />
開場時間／10:00〜20:00 (最終日17:00閉場)<br />
（寄せ木・木象嵌による、木製の人形やロボットと、こども用おもちゃの展示・販売をおこないます。こどものおもちゃには触って遊べるコーナーを設けますので、ぜひお子様お孫様とご一緒に遊びに来てください。）</p>]]>
        
    </content>
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    <title>陶芸家・神田純子さんの訂正箇所を更新しました。</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.ko-gei.net/news/post-8.html" />
    <id>tag:www.setunet.rash.jp,2007://2.20</id>

    <published>2007-01-11T08:28:02Z</published>
    <updated>2009-12-11T08:28:42Z</updated>

    <summary>神田純子さんの名前を神田順子さんと誤って表示してしまっていました。ご覧のお客様、...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.ko-gei.net/">
        <![CDATA[<p>神田純子さんの名前を神田順子さんと誤って表示してしまっていました。ご覧のお客様、神田様、大変申し訳ありませんでした。訂正してお詫びいたします。</p>]]>
        
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    <title>「工芸と和み」構成員による展示会を開催</title>
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    <id>tag:www.setunet.rash.jp,2006://2.19</id>

    <published>2006-11-15T08:26:24Z</published>
    <updated>2009-12-11T08:32:25Z</updated>

    <summary> 「工芸と和み」構成員3人による展示会が開催されます。 イベント名 金井真一写真...</summary>
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        <![CDATA[ 「工芸と和み」構成員3人による展示会が開催されます。
<table class="tbl80">

<tr>
<th>イベント名</th>

<td>金井真一写真展「写真でJamる」</td>
</tr>

<tr>
<th>参加者</th>
<td>・写真家　金井真一<br />
・陶芸家　本間友幸<br />
・デザイナー　小林武</td>
</tr>

<tr>
<th>開催期間</th>

<td>平成18年11月15日（水）〜30日（木）</td>
</tr>

<tr>
<th>展示時間</th>
<td>11:30〜19:00</td>
</tr>

<tr>
<th>閉館日</th>
<td>月・火曜日</td>
</tr>

<tr>
<th>開催場所</th>
<td>JAZZ&COFFEE　BUD「ぎゃらりぃ蔵」</td>
</tr>

<tr>
<th>住所</th>
<td>小布施町伊勢町735-1</td>
</tr>

<tr>

<th>TEL</th>
<td>026-251-4033</td>
</tr>

<tr>
<th>詳細</th>
<td>詳しくは<a href="/news/img/061115.gif" target="_blank">こちらの画像をご覧下さい。</a></td>
</tr>

</table>


]]>
        
    </content>
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    <title>「工芸と和み」公開しました！</title>
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    <id>tag:www.setunet.rash.jp,2006://2.18</id>

    <published>2006-11-15T08:23:59Z</published>
    <updated>2009-12-11T08:24:57Z</updated>

    <summary>信州の工芸作家とその作品を紹介する「工芸と和み」が公開の運びとなりました。今後と...</summary>
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        <name>setunet</name>
        
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        <![CDATA[<p>信州の工芸作家とその作品を紹介する「工芸と和み」が公開の運びとなりました。今後ともよろしくお願い致します。 </p>]]>
        
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